2010-01-01から1年間の記事一覧

なぜか、海賊

某国営放送でソマリア沖の海賊を扱ったドキュメンタリーを見る。この海賊って一体何者なんだという疑問が前々からあったわけだが、この作品には当の海賊(自称)も出てきて、海賊を始めるようになったのは、軍艦に護衛された外国の漁船が沖合で漁をやるよう…

こんな新刊が

自動車と移動の社会学―オートモビリティーズ (叢書・ウニベルシタス)作者: マイクフェザーストン,ジョンアーリ,ナイジェルスリフト,Mike Featherstone,John Urry,Nigel Thrift,近森高明出版社/メーカー: 法政大学出版局発売日: 2010/09メディア: 単行本 クリ…

『オリエンタリズム』

というわけで、オリエントとは、現実の経験と結び付いた何かというよりも、オリエントを表象する媒体そのものなわけであり、その媒体が再組織され増殖されていくわけだが、こうした「テクスチュアルな姿勢を生み出すのに都合のよい状況は二つある。ひとつは…

『オリエンタリズム』

もう記憶の彼方だが、学部生当時この本を最初に手にとったとき、いきなりこんなことを言われても、何のことやらほとんど分からなかったのではないかと思う。 むしろオリエンタリズムとは、地政学的知識を、美学的、学術的、経済学的、社会学的、歴史的、文献…

エリアス『定着者と部外者』

で、最後は相対配置cinfigurationの話でまとめられることになる。『参加と距離化』も読まなきゃ駄目だな。 「社会」、あるいは、さほどあいまいでないかたちで表現すれば、個人が相互に形成する相対配置は、相対配置を形成する個人に対していくぶん権力を行…

エリアス『定着者と部外者』

この夏いろいろと本を読んできて考えてみたい問題があったわけだが、ずっとある種の物足りなさがあって、その点について、さしあたりもっとも明晰な解釈を呈示しているのは、とあるコミュニティを取材したエリアスの研究になるとは思わなかった。これでいく…

『黒い皮膚・白い仮面』

精神分析つながりでファノン再訪。黒人は自分自身から疎外されていると。 故郷に留まるかぎり、黒人は些細な内輪争いの際を除けば自己の対他存在を意識する必要がない。確かにヘーゲルの言うような「他者に対する存在」の契機というものがある。しかし植民地…

あら、こんな和辻本が出ている。

和辻倫理学を読む もう一つの「近代の超克」作者: 子安宣邦出版社/メーカー: 青土社発売日: 2010/08/24メディア: 単行本 クリック: 5回この商品を含むブログ (7件) を見る こんな本も出てますな。歴史の哲学―物語を超えて (双書エニグマ 15)作者: 貫成人出版…

クリステヴァ『外国人』

そういえばこんな本もあったなと読んでみた。ひとつの社会で「外人」がどのように扱われてきたかの変遷がわかるのが便利。そして、これは言われてみれば、まったくその通り。「我々の文明の黎明期に発生した最初の外人が女たちだったことは注目してよい」(56…

犯罪のシナリオ

今日のニュースを見ながら、『殺人の記憶』という韓国映画のことを思い出した。近代化の波が押し寄せつつある田舎で猟奇的な殺人事件が起こるのだが、地元の担当刑事は、殺人事件の捜査経験なんてろくになく、だからまた、その犯罪の異常さを顧みる余裕もな…

ヴィヴィオルカ『レイシズムの変貌』

ついでにこっちも。これも論点がきれいに整理されていて便利。まずは、レイシズムの変貌。 初期のレイシズムでは、序列という垂直軸が重要だと思われてきたのに対し、今日のレイシズムでは、文化間の差異という水平軸が重んじられているということである。実…

ヴィヴィオルカ『差異』

差異の逆転。たとえば、移民の第二世代は、自らを新たに意味づける資源が必要になる。 この第二の人間像は、あるかたちで第一のそれと対立する。なぜなら、移民にとって大切なのは、伝統から離脱して近代生活のなかで個人化することではなく、逆に、集合とし…

ヴィヴィオルカ『差異』

たまたま見かけて購入。ところどころ訳文に気になるところがありますが、問題点の整理として有益。移民も二世以降になると、景気の問題もあって、移民先で社会的に排除され、不安定な生活状態におかれやすくなっている一方で、自分のルーツは縁遠いものにな…

暴力のオントロギー

こっちも読み返してみたけど、こっちの方が構成がよくみえるし、よい本だと思う。また、こっち読まないであっちだけ読むとわかりにくいと思う。前著の一部がこの本の最後の部分からの展開になって、以降の部分がその前の部分の展開と考えるといいのかな。し…

サバルタンは語ることができるか

以前ひろい読みしたものをあらためて。やはり、こんなに難しく書く必要もないだろうと思ったけれど、こんな指摘は確かに面白い。 すなわち、ある階級についての定義は他のすべての階級からの切離と差異によってあたえられるというのである。---。家族生活と…

『アウシュヴィッツの残りもの』

アガンベン、とりあえず3冊読んでみたけれど、これがいちばん読み応えがあったな。まだ、十分消化できていないところもありそうだし、既読書とつきあわせてみる必要もありそうだがとりあえず、気になったところを抜き書き。 アガンベンによれば、尊厳という…

『新版 民主党の研究』

今頃と思いつつ、今日ブック・オフでひろってきて読んでいる。いろいろ思い出すという意味では便利な本だった。しかし、まあ、これだけのことがあったことが記憶の彼方に消えつつ(そもそも、菅総理就任前のことすら口をつぐんで)、代表選が繰り広げられよ…

『排除の構造』

ということで、『排除の構造』も読み返してみた。昔は、難しいなと思いつつ読んだものだが、今読み返すと、意外と断言が多かったり、???な部分もあったりして、なんか物足りなさが残った。学生時代はずいぶんと今村さんの本を読んできたし、それで随分と…

『例外状態』

例外状態がこのように解釈されると、儀礼や祝祭はどのように評価されるのかという疑問が浮上してくるのだが、こんな風に記述されていた。 アノミー的な祝祭は、法への生の最大限の従属が自由と放縦へと反転し、もっとも抑制の効かないアノミーがノモスとパロ…

ホモ・サケル

話は難民、「生きるに値しない生」、優生学、人間モルモット、収容所と進んでいくわけであるが、この本の議論の射程ってどれくらいになるのかまだよくわからない。 「政治がかつてないほど全体主義的なものとして構成されえたのは、現代にあっては政治が生政…

『狂気と家族』

別役実がこの本に言及していたので、これを機会にと読み返してみた。R.D.レインの議論はいまとなってはほとんど評価されておらず、また、彼が相手をしていた患者はいまでは境界例ではないかと考えられているようだ。 たしかに、患者の病的な異常さが家族…

例外状態としての一揆

やっとのこと今村仁司の『排除の構造』を引っ張り出せたので、目次をながめていたら勝俣鎮夫『一揆』が第三項排除の一例として取り上げられていた。しかし、アガンベンと見比べながら思うに、まず一揆を結ぶということは族縁的集団の外に出て集団を作るとい…

山口昌男とジンメル

『知の遠近法』でジンメルが引かれているというのはまったく記憶に残っていなかった。近々読み返す必要に迫られそうなのでとりあえずメモ。 知の遠近法 (岩波現代文庫)作者: 山口昌男出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2004/10/15メディア: 文庫購入: 1人 ク…

ホモ・サケル

このホモ・サケルと類比的に把握できるものとして、生き延びてしまった捧げ者(デウォトゥス)、皇帝の死、狼男、ホッブスの自然状態があげられていく。「しかしこの生は、単に自然的な再生産の生、すなわちギリシア人のいうゾーエーでもなければ、特性をも…

今日の足立正生『性遊技』

なぜか見ながら田中美津のことを考えていた。個人的には日本の68年が生んだ最高の到達点は田中美津ではないかと思っているのだが、それはともかく、この映画では、バリケードの内側の全共闘の実態ないしは限界が、性差の問題という形で見事に取り出されてい…

今日の『ホモ・サケル』

ホモ・サケル「この聖なる人間は、誰もが処罰されずに殺害することができたが、彼を儀礼によって認められる形で殺害してはならなかった」(107頁)。「このことが本当だとすると、聖化は二重の例外化をなしている。それは人間の法からの例外化であるとともに神…

『ホモ・サケル』

前の話のコロラリーだと言ってよいと思うが、われわれが法規範が存在するというとき、法規範はその実際の適用の如何にかかわらず存在しているわけだが、それはどのような意味においてかといえば、主権が潜勢力として存在するということである。そして「存在…

『児童虐待の社会学』

児童虐待もいじめでしょうということでちらほら読んできたのだが、構築主義的なアプローチだとあんまり必要な情報が入手できないな。この指摘はどこまであたってるのだろう。 わが国での児童虐待の問題化をめぐる言説戦略には、子どもの保護シナリオの書きか…

『ホモ・サケル』

こいつはそうそう調子よく読めないよ。訳文も固いし。とりあえず、主権の逆説のところ。 主権による例外化は、法的規範が効力をもつ可能性条件である。「「主権者は、法的秩序の内と外に同時にある」(25頁)。「実定法の効力が例外状態において宙吊りになるか…

「パリ20区、僕たちのクラス」

毎度のことながら事前に何の情報を仕入れることもなく、パリも20区だったら多様な子どもたちがあつまってくるんだろうなぐらいの気分で、てっきりドキュメンタリーだと思って見に行った。でも、見ていくうちにだんだんこれドキュメンタリーじゃないんだな…