自己の分析:鏡転移

 理想化された自己-対象と誇大自己の創造は同じ発達時期の二つの側面である。で、ここではその後者を扱う。好ましい環境では自分の不完全性や限界を認識することで、誇大な空想の範囲が減少する。しかし、才能豊かな人はそのまま行ってしまうかもしれない。また、主要な固着点が誇大自己にあるような場合、しばしばそのパロディがでてくる。彼らは、自分が知らないということを認められないし、他方で、虚言癖がある。これは、自己ないしは、自分の指導的立場にある他人を過大に評価するという嘘になる。嘘は徐々に空想になっていく。
①誇大自己の延長:分析者が被分析者の誇大自己の誇大性や顕示性の担い手となり、活性化された自己愛構造のこうした徴候によってひきおこされる葛藤と緊張と防衛の担い手になったときにだけ、分析者は被分析者の誇大自己の延長として体験される(103頁)
②分身転移ないし双子関係:誇大自己が活性化したとき、自己愛備給を受けた対象は、誇大自己によく似た存在として体験される。
③狭義の鏡転移:ここでは相手は別個の人間として体験されるが。「この狭義の鏡転移は、誇大自己の発達の正常なある時期が治療のなかで復活してきたもので、この段階では、子どもが顕示的に示すところを鏡映する母親の目の輝きや、子どもの自己愛敵-顕示的な楽しみへの、その他のかたちの母親の参加と反応が、子供の自己評価を確固としたものにし、そして、こうした反映が次第に選択性を増すにつれて、子供の自己評価が現実的方向に水路づけられるのである(105頁)。要するに、母親との共感的関係をやり直すことが治療に資すると。
 「自己の現実性という感覚は、自己愛リビドーの確固とした備急にもとづく自己の凝集性のあらわれであるが、これは主観的な安心感だけではなく、二次的に自我の機能の改善をもたらすことになる。この自我機能の改善は、多くの方法で客観的に確証できる」(108頁)。取り入れを利用して存在論的安心が得られると言ってもよいのかな。

自己の分析

自己の分析