カーンバーグ『内的世界と外的現実』

 カーンバーグの境界パーソナリティの説明を簡単におさらい。とってもクリアな説明だと思うし、対象関係論と自我心理学を統合してみせるあたりも鮮やかな手際だと思うのだが、世間的に知名度が低いような気がするのはなぜなんでしょう?

 神経症の患者の場合、自我の防衛機構は、抑圧を初めとして、反動形成、隔離、打ち消し、知性化、合理化など、より進んだ(言い換えるなら、より高度な)防衛操作を中心にしており、これは全て意識的自我からの欲動の派生態とその観念的表象の一方もしくは双方を締め出すことによって、自我を心の中の葛藤から防衛しているのである。これに対して、自我脆弱性を抱えた患者たち、言い換えるなら境界パーソナリティ機構をもった患者たちの場合は、分裂を初めとしてその他これにかかわりのある、原始的理想か、原始的タイプの投影(とりわけ投影性同一視)、否認、万能感、価値の引き下げなどあの機制が、自己および重要な意味をもった他人についての相互に矛盾した経験を互いに乖離したり積極的に分離したりすることによって、葛藤から自我を防衛しているのである(7頁)。

 というわけで、境界パーソナリティの特徴として確認されるのがこうした原始的な防衛機制と同一性拡散である。カーンバーグによれば、発達早期の自我には素早くこなさなければならない二つの課題がある。

 すなわち、発達早期の自我は、まずもって対象表象から自己表象を分化させなければならない。発達早期の自我は、次いで、リビドーと攻撃心によって決定づけららている自己表象と対象表象を、[それぞれ別々に]統合しなければならない(13頁)。

精神病の場合はこの第一段階で、境界例の場合はこの第二段階で躓いているのだとされ、第一段階に相当する、心のなかでの対象表象から自己表象が分化することが構造的条件となって「現実検討能力」が育っていくのだという(多分、この分化って鏡像段階に対応するよな)。
 さらに、第二段階では、よい自己表象と悪い自己表象、よい対象表象と悪い対象表象がそれぞれ統合され、言ってみれば自分や他人によい面もあれば悪い面もあるということが受け入れられるようになっていく。この「統合された自己概念とこれと相関的な統合された対象表象が一つになって、もっとも広義の自我同一性が、自我機能の安定性と統合の柔軟性の最も重要な決定因となって、より上位の超自我の十全な開発に影響を与えていく」(16頁)。
 これが正常者や神経症パーソナリティの場合であるが、境界例状態においては、この超自我の統合が妨げられている。「矛盾した自己表象と対象表象は、防衛的な立場から、それぞれ積極的にに分離されてもいる」のである(17頁)。また、こうした自己概念の統合不全を補い、思考や情緒の連続性を確保するために外的対象への慢性的な依存過剰が生まれ、同一性拡散症候群が形成されることになる*1

 したがって、普通なら自我の統合を促進するはずの超自我機能が欠けているため、たがいに矛盾した性格防衛や混沌とした性格特性がかえっていっそう幅をきかせることろとなる。超自我統合の欠如は、さらにまた、妄想傾向という形をとって、超自我核の過剰な再投射を引き起こすことにもなる。しかも、対象表象の統合が欠けているため、独自の権利をもった個人としての他人に対して、共感を深めていくことにも支障をきたし、自己概念の統合が欠けているため、他人を情緒的に十分理解することにも、やはり同じように支障をきたすことになる。こうして最後に生まれるのが、対象恒常性の欠陥であり、全的対象関係をきずく能力の欠如である。

 また、この同一性拡散の有無が、境界例状態を明瞭に区別する目安となる。というのも、もう一つの人格障害である「自己愛パーソナリティというのは、ある種の病理的な誇大自己を育むことによって自分のなかに潜む同一性拡散を目立たないものにはしているものの、むしろ主なものとしては、原始的防衛操作の付置をはっきり示しているからである」(19頁)。

内的世界と外的現実―対象関係論の応用

内的世界と外的現実―対象関係論の応用

*1:これは長井真理の指摘と符合すると思われる。http://d.hatena.ne.jp/Talpidae/20080823/p1