ヒストリー・オブ・バイオレンス

 当時、評価は高かったのにボクにはわりとふつうの映画に見えてしまい、何を見損なっているのか気になっていたのだけれど、新作公開にあわせて再映されることになったので見に行った。ストーリーが分かっているせいもあろうが、前回何を見ていたんだろうという気分。
 かつて暴力の世界を生きた男、その男が暴力の記憶を消して生きようとするなか、ふとした事件にまきこまれたことをきっかけに、昔の仲間が現れ、昔の記憶が身体のなかから蘇ってくる。映画の冒頭をはじめ本人とは別のところで起こっていく暴力にまつわるシーンが、いつのまにか彼をとりまくようになっていく描き方も見事。それはホラー映画を思わせる手法でもあろうが、何しろホラーとちがって本人にせまる実体がどこかにいて次第に近づいていくわけではなく、ふとした自分(あるいは息子)の反応に、自分(トム)ではない過去のもう一人の自分(ジョーイ)の痕跡が現れてくるようになるのだ。
 そんななかで、妻と階段でファックするシーンなんかもスゴイと思った。昔の仲間を前にしたトムの残酷なふるまいを垣間見た妻は、トムを前にしてもそこに自分の知らない粗暴なジョーイの姿しか認めることできない。だが、そんな彼から階段で抱きすくめられ、それに反応してしまう彼女の身体は、確実にトムを記憶している。でも、次の瞬間、トムはジョーイとして拒絶されてしまう。
 トムの肉体からジョーイの記憶が蘇るように、ジョーイに見えしまう妻の内面とは裏腹に彼女の身体にはトムの記憶が焼き付けられている。この二人の心と体の分裂と葛藤が階段という境界線上で顕わになり、そこから心に閉じこもる妻は階上へ、そして階下にはトムの肉体が残される。ただし、階上で映し出される彼女の背中には、階段でからみあってできた傷があって、ジョーイではないトムの記憶の痕跡を暗示している。他方、階下に残された肉体に何が待っているかと言えば、過去との対決だ。
 最後の食卓のシーンもうまい。戻ってきた父を最初に受け入れるのは身心の分割が不十分な幼い娘であり、彼女が父の皿を用意すると、息子がうつむきながら父に料理を差し出す。それは毎朝父がしてくれることの、立場を入れ換えた繰り返しであり、それが息子の心情をよく現している。そして、見つめ合う妻と夫。妻には彼がどちらに見えたのだろう?新作も楽しみ。

ヒストリー・オブ・バイオレンス [DVD]

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