「ゆとり」批判はどうつくられたのか

 当事、学校教育週5日制導入の余波がどういうものか実のところ私にはよくわからなかった。なにしろ学生をとりまく状況は他も変化しており、一方であまり断絶は感じられなかったように思うからだ。それに話を聞いていると、勉強につまづいてる子って中2くらいで躓き始めてるからあまり関係ないような気もした。ところが、居酒屋とかオフィス街でまだ若いサラリーマンが「アイツらゆとりだから」と平然と言ってのけているのを聞いて「えっ」と驚いた。だって、「受験戦争」世代の私から見れば、君たちだって「ゆとり」だよと言いたくなるようなものだったから(実際、かなり遡ることができるのですね)。それだけでなく、自分たちは「ゆとりだから」という対抗言説まであるらしいと聞いてなんともなと思っていたものだった。なにしろ、私自身はメディアで自分たちの世代がおちょくられていることに不満たらたらだったし(だから、「三無主義」を超えてとかいう生徒会長候補の演説にはなじらんだものだし、実際、仕事についてみれば年長世代の方が多いに問題があった。「オマエらに何が分かる」)。それなのに、これだけ近い「世代」で差別化をはかるというのがちょっと信じられなかった。
 さて、本書の終わりの方でちょっと強引な感じもするのだが、アメリカの多文化主義と比較しながら、こう論じられる。「戦後の日本においても、1950年代半ばから歴史教育内容を見直す議論がおこなわれ、敗戦直後の学校教育で示されていたものとは性格の異なる情報がとりあげられるようになりました。さらに1960年代から1970年代にかけては、日本の国家的立場からの歴史理解をうながす情報が歴史教科書のなかに充実してきました。経験主義にもとづく戦後教育が見直され、教科内容の体系性を重視する系統主義が強まった時期と重なります」(67頁)。
 つまり、「ゆとり」言説というのは、戦後の経験主義が系統主義に転換したあとの経験主義への回帰に対する反動という意味合いを帯びるのだな。実際、私がガキの時分は受験戦争批判みたいな言説はたくさんあったのに、いつのまにか子どもの個性を尊重するという言説が流布し、これはまだ生き残っているが、さらに成熟社会における教育の課題が云々という話もなされていたのだが、後者のタイプの議論はこれ以降、大人しくなってしまった。この転換点に財界の反応があったというのはとても記憶にある。そして、いまやめちゃくちゃな感じが---。これはどこまで系統主義的と言えるのかな。もう、教育マニュアルを世代的に一括りにできないような時代が到来しているような感じがしている*1。ちなみに、私は教養主義者です。
 あと、ひとつ気になったのは、本書では「ゆとり世代」言説が、それまでの「新人類世代」「おたく世代」などと同じような若者を世代的に評価する言説でもありながら、ポジティヴな面を見ることができないところに注意を向けているが、私自身が感じているのは世代が下がるほどその世代を「世代」として括ることの空虚さだ。「ゆとり世代」という言葉はそれ以前にもまして世代としての具体性を欠いているように思える。実際、「ゆとり」批判としてなされた内実はもっと別のところから問題にされそうだ。そして、それは著者の行論からもうかがわれる。
 

「ゆとり」批判はどうつくられたのか: 世代論を解きほぐす

「ゆとり」批判はどうつくられたのか: 世代論を解きほぐす