田村隆一「帰途」

 
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
 
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
 
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
 
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
 
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
 
園子温の新作「Guilty of Romance」、テーマ的にはちょっと古いかなと思いつつも話の持って行き方には圧倒された。これとカフカの『城』が効いてる。この詩がとても両義的にひびく。無意味な世界をのぞいてしまったけれどそこにたどりつけない(だからこそ売春しなければならない)、そんな動物になりきれない人間の底にあるのは強い情念だ。それを深く感じることができたとき、たとえゴミくずのようになってもひとは幸福に生きていくことができるのだろう。