原文を確認してないと留保したうえで、もう一度読み返してみて思うに*1、やはり、この論文は暗にゴッフマンのアプローチを批判しているように読める。職員が受刑者コードに言及しながら組織していった住人の行動理論は、ゴッフマンのそれを思わせるところがあるし、その諸原理をデュルケムの社会的事実の外在性や拘束性という特性をよく示すものだと述べている(167頁/171頁)。そして、次のような指摘がなされる。
われわれは、成員はパターン化され首尾一貫した動機に従って行為するものとして認知分析するが、それは、(なんらかの仕方で)そのようなものとして成員の行動を見るようにと教えられ、それに依存しているからなのだ。こうしたインストラクションは、成員が彼らの事柄について語りあうさまざまな仕方に注意を向ける観察者にとって、状況の内側から達成される(195頁)。
さらにこうも、
かくて成員は、個々に出会う特徴はどれも類型的、規則的で、一貫しており、規範的な拘束の点から動機づけられている、等々のことを互いに語りあい、表示しあうという実践を通して、彼らの生活の秩序を達成する。”コードを語ること”」やコードを定式化する個々の事例は、そのような秩序を記述あるいは説明するというよりはむしろ、表示するのである(208-9頁)。
- 作者: ハロルド・ガーフィンケル,山田富秋
- 出版社/メーカー: せりか書房
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