アンチ・クライス♀

 ラース・フォン・トリアーの新作をまたもや夜な夜な。いろんな意味でとても過激で衝撃度が高く、ふつうにオススメできない。なんかこのまま寝たらうなされそう。しかし、映像はすっごくキレイだし、いやおうなしに見せられてしまう。シャーロットもスゴイ。しかし、以前とはまったく作風変わったな。
 一度見ただけではなかなか分かった気にはなれないけれど、基本線は、セックスしてる最中に子どもが死んで(このとき三つの人形が映る)、(母でもあった)妻はおそらくは深い抑鬱状態に陥り、(父でもあった)セラピストである夫が、セラピーの禁を破って、自らセラピーを始める。しかも、セラピストとのセックスは駄目だといいながら、求めてくる妻を拒みきれない。ここでも禁を破っている。で、妻の恐怖の所在と思われるエデンと呼ばれる森に二人が向かう。そこは妻が前の夏に原稿を書くのに子連れでこもっていた場所だ(ということは一度エデンを追い出されているということになるのだろうか?)。
 で、この森が、とってもきれいなんだけど、最初からなんだか怖い。で、その森の怖さが次第に彼女のなかにあらわれてくる。つまりは外なる自然が妻の内なる自然に重なっていく。そうすると、彼女は自分自身を恐れていたことになるわけだ。夫は、森ですごすうちに、妻が夏にこの森に来た時、女たちが魔女として拷問をされ殺されていった「歴史」を調べて論文を書こうとしており、しかも息子に左右逆に靴をはかせて一種の虐待をしていたらしいことに気づき、さらに、三人の乞食(悲嘆、苦痛、絶望)の寓意に重なる動物を見る。で、フロイト流の喪のプロセスから逸れていった妻は、自然としての女の魔女的な本性を露わにしていき、それが夫に向けられていく(ハサミはヒッチコックですね)。
 となると構図としては、夫が妻を救おうとするわけだし、原題も「ト」が「♀」になっているように*1、夫=男が救世主に類比されるわけだが(しかも、ウィリアム・デフォーだよ*2)、同時に、禁を破るのも夫で、それで二人は追放されたはずのエデンに戻ることになる。つまり、イヴの場所にキリストが置かれている。だから、エデンも逆エデンみたいになっていて、そこでは性欲から逃れられない妻の内なる自然が自慰として全開する。三人の乞食の寓意が示すようにフロイト流の喪のプロセスも働かない。そうすると、女にとって、救世主は要らないというか、そもそも救世主じゃなかったってことになる。あとに残されたものは絶望しかないし(あのぼかしの入ったシーン)、もう復讐しかないということになるのかな。プロローグとならんであのエピローグもすごい。
 そうすると、一見、女性を貶めているようにも見えるこの話、男が女を貶めてきたのだという話にも見えたりするのだが。それから、夫婦の名前が思い出せない。お互いなんて呼んでたってけ。