無届けの有料老人ホームってどこにあるんだ?

愛知県には無届けの老人ホームが存在しえない

 近くに高齢者向けの住宅ができるというので、一体どんなものができるのだろうかとちょっと調べてみた。ネットで調べたり、役所に電話をかけたり、知りあいに教えたりしてもらって、いくつか見えてきたことがある。ボクは福祉の専門家ではないし、情報ソースもそんなわけだからかぎられている。でも、それだけでも結構なことが分かったように思う。勘違いしているところもあるのかもしれないし、ボクの勉強不足もあるかもしれないが、こんなことを指摘している資料を見つけることができなかったので自分で理解したつもりになっていることを少し書き出してみる。
 
 行政が定めるところの「高齢者円滑住宅」(高円賃)ないし「高齢者専用住宅」(高専賃)と呼ばれる賃貸住宅がある。以前からご高齢の方がお住まいになるのが難しいということは指摘されていたし、それを改善するためにこうした規定を作って高齢者が借りやすい賃貸住宅を増やし、その情報を提供することは大切なことだ。でも、調べていくとよく分からない部分、不可解な部分が出てくる。
 
 まず、高齢者向け賃貸住宅にもいろんなものがあり、しかも、それが有料老人ホームに該当するかどうかとか、きわめて規定がわかりにくい*1。簡単に言えば、専ら高齢者向けの住宅(「高専賃」)であわせて配食、介護、入浴補助、排泄補助、健康管理のいずれかの福祉サーヴィスを提供すれば、それは「有料老人ホーム」ということになり、厚生労働省への届け出が必要になる。

 一方、床面積等さらに厳しい条件をクリアした「高専賃」は「適合高齢者専用賃貸住宅」として届け出ることができるようになり、同じようなサーヴィスを提供していても「老人ホーム」として届け出る必要がなくなる。そして、有料老人ホームとして届け出なくてもよい分だけ規制がゆるくなる*2
 
 さて、ここまで確認しただけでも、なんでそんな複雑なことになっているのかよく分からなくなるのだが、さしあたり、はっきりしたのは「高専賃」にもいろんなランクがあり、一定の条件をクリアすると、それが「有料老人ホーム」になったり、「適合高専賃」になったりするということだ。

 ところで、この「高円賃」(高専賃を含む)の規定が5月に変わる。
http://www.koujuuzai.or.jp/pdf/news_20090827-21.pdf
相変わらず行政の書く文章は分かりにくいが、高齢者によりよい居住環境を提供するため「高円賃」(高専賃)の基準を高くしたといってよいだろう。また、登録すると債務保障制度が利用可能になる一方で、情報提供が義務づけられる。いずれも、このこと自体は悪いことではない。

 でも、この規定の変更により従来の「高円賃」(高専賃)は再登録が必要になり、規定を満たさない施設については、「高円賃」ないし「高専賃」の規定から外れてしまうことになる。とはいえ、条件を満たすように建造物を改築するとなれば、それなりの費用がかかるし、その間、お住まいの高齢者はどこに住めばよいのだということにもなる。つまり、事実上、改築できないケースが多いだろうと予想される。
 
 そうすると、たとえば「有料老人ホーム」の規定を満たしていた「高専賃」が、変更された規定を満たさなくなる場合、「有料老人ホーム」を名乗ったり、「高専賃」を名乗ったりすることができなくなってしまう。でも、厚労省に問いあわせたところ、配食、介護、入浴補助、排泄補助、健康管理などのサーヴィスを提供する場合、その施設は「有料老人ホーム」だということになり届け出が必要になる。また、現在、無届けの有料老人ホームの増加が問題になっているのだという。でも、この規定の改定は、無届けの「有料老人ホーム」をかえって増やすことになりかねないんじゃないだろうか?

 また、「高円賃」(「高専賃」)の規定が厳しくなるのを補うかのように、「あんしん賃貸住宅」による居宅支援事業というのが始まる*3。これは、高齢者や障害者、外国人、子育て世帯といったなかなか部屋を借りにくい人たちに住宅を借りやすくするために行政が仲介する制度なのだという。その主旨自体には別に異論はない。ただ、注意したいのは「高円賃」(「高専賃」)の規定を満たさない住宅でも、この「あんしん賃貸住宅」としてなら登録できるということだ。ところで、この「あんしん賃貸住宅」を高齢者向けにして、さらに福祉サーヴィスを提供する施設を併設したら、それは実質的には「有料老人ホーム」だということにはならないのだろうか?
 
 厚労省によれば、実態として「有料老人ホーム」ということになればそれは指導の対象になるらしいが、その実態把握は地方自治体の役目なのだそうな。で、担当部署である県の住宅都市居住宅企画課に問いあわせてみたら、それは何の問題もないという。理屈は簡単。そういったケースは、住人が個別に介護サーヴィスを受けている場合と変わりがないからだという。だから、「高円賃」(「高専賃」)の基準を満たしていない「あんしん賃貸住宅」等の高齢者賃貸住宅に介護事業所を併設させて、居住者である高齢者が併設されている事業所の福祉等のサーヴィスを受けたとしても規定上何の問題もないそうな。たとえ、そのすべてを実質的に一つの医療法人が運営していたとしても。

 というわけで、「高専賃」について調べていくうちに、愛知県には無届けだか実態として「有料老人ホーム」だという施設が実質上存在しないということになってしまった。それどころか、「あんしん賃貸住宅」等の場合、ふつうに住宅の賃貸契約を結ぶのと変わらないから、自活が困難であろう認知症とか重度の要介護認定を受けている方が単身で住むのも、事実的にはともかく、規定上は問題がないのだという。それに、情報提供を義務づけられることもない*4
 
 ボクがどうしてもよく分からないのは、ここで問題にされているのがあくまでも高齢者(だけではないが)への住宅の仲介だけで、高齢者ならあわせて享受する可能性が高い福祉サーヴィスの質がどのようなものになるのか等々といった視点がまったく欠如しているということことだ。「有料老人ホーム」ならそれが問題になるのに、なぜ個々人がサーヴィスを受ける場合は、実質的には同じことをしていても、この点に注意が払われないんだろう?そこに福祉・介護事業が入り込んでくることはわかりきっているのに*5
 
 医療法人が福祉事業に参入するようになってから、営利目的の福祉事業が増加し、それがさまざまな問題を生んでいるという話は、この件を調べていくなかでしばしば聞こえてきたことだった。それに介護保険の計算は、健康保険と比べるとかなりゆるい。高齢者のなかには自分の受ける治療が、本当に必要なものか判断の難しい人もいるだろう。金銭的に余裕のある人は、それこそ規定に沿った優良な施設に入ることもできるかもしれない。しかし、そうした余裕のない高齢者はどこへ向かうのだろう?そこで享受する福祉サーヴィスや医療行為はどんなものになるんだろう?もちろん、良心的なところもあることは承知している。だが、下手をすれば、こうした一連の規定の変更は、見えないところで何が行われているか分からない、ますます不透明な福祉事業を増殖させていく温床になりかねないのではないだろうか?しかも、どうやら行政にはそこに目を向けようとする意志があまりないらしい。
 
 とはいえ、この回答はある意味では予想通りのものだった(平然と言ってのけるのには少々あきれたが)。というのも、一定の規準を満たした施設を作ることを推奨し、そこのクオリティをいくら高くしたところで、お年寄りはいたるところに住んでいる。自宅にお住まいの方もいれば、マンションにお住まいの方もいるだろう。それはごく自然なことだ。古い「ニュータウン」や若い人が出払ってしまった地域なら、その地域一帯がほとんどお年寄りばかりなんてところがあっておかしくない(実際、そうした地域がいくつかあることを知っている)。これは、実質的には地域に「高円賃」ないし「高専賃」ができあがってしまっているようなものだ。

 こう考えていくと、優良施設の優遇措置にこだわっている方がおかしい。もっと優先順位の高い問題があるはずなのだ。生活の基盤をどこにするかは人によってそれぞれだ。むしろ、個々の高齢者が抱えているニーズに応えようとするならば、まずしなければならないのは、どうせ賃料の高い優良施設を増やすことではなく、地域ごとに生活を営む高齢者の実態を把握し、その必要に応える体制を作ろうとすることだ。お年寄りというのはある意味で、子供に似ている。もちろん、あらためて教育する必要なんてないかもしれないが、人によっては他人の世話が必要だし、保護する必要もある。しかも、超高齢化社会ということになれば、町内に一つ小学校があるように、町内に一つ高齢者向けの施設があって、必要があればそこにお年寄りが集ってきたり、また逆に、その施設のソーシャル・ワーカーなり介護士が、お年寄りのお宅を訪問していくような態勢がまず基本として求められるのではないだろうか?
 
 しかし、この件を調べていくなかでそういう話はほとんど聞こえてこなかった。聞こえてくるのは福祉関連の施設の基準をどうこうするとか、管轄の話ばかりだ。だが、お年寄りがすべて施設に入るわけではないし、そもそも施設に入らなければ高齢者が生活を営めないような社会ってどうなのだろうか?雑誌でも施設のガイド特集とか組まれているけれど、ボクにはこうした施設の基準いじりや施設探しは目先の誤魔化しのような気がする。そんなガイドにのらない実質的な福祉施設はいくらも存在するし、経済的理由から今の住まいに住み続けるしかないお年寄りだっているだろう。だがそこに目を向けて高齢者問題を考えようとしている人たちは、現場を離れたところにどれだけいるのだろうか?
 
 ここで密かに進行しているのは高収入の高齢者と低収入の高齢者の二極分化、ひいては、低収入の高齢者の実質的な切り捨てなのではないだろうか。ボクにはまだ何か調べたりないことがあるのかもしれない(また、そうだとよいと思う)。でも、調べながらなにやら背筋に寒いものを感じている。問題なのは年金ばかりではない。
 

*1:その点はここを見てもらうとわかりやすいんじゃないかと思う。http://www.harwill.jp/kurihashi/kousen6.html

*2:「有料老人ホーム」の要件はひとまずここを見るとわかる。http://www.mikachin.com/homeyouken.htm

*3:http://www.hc-zaidan.or.jp/anshin/index.html

*4:ちなみに、「あんしん賃貸住宅」の申請書には、「高齢者が入居する場合は高円賃も併せて申請登録してください」とある(http://www.anshin-chintai.jp/anshin/support/shinseisho_jutaku_shinki.pdf)。しかし、国土交通省によれば、その解釈は事業運営を行う都道府県にゆだねているとのこと(じゃあ、この文言は何なわけよ)。そして、愛知県ではこれを「あんしん賃貸住宅」の要件とはしないそうだ。つまり「野放し状態にしますよ」と言っているに等しい。

*5:また、「あんしん賃外住宅」では、入居者が、NPOや福祉法人等から、入居前・入居後の支援を受けることができるし、この支援団体も補助金を受けることができる。これはよいことだと思うけれど、気になるのは、この支援団体と家主、さらには高齢者がお住まいになって福祉・介護サーヴィスを受ける場合には、それを提供する事業者すら実質的に同じで構わないという点だ(少なくとも愛知県は)。入居後の実態を見守るということを考えれば、この支援団体は少なくとも第3者を含んだものにする方がよいはずだ。そうしないと、かえって密室性の高い住居になりかねない(1/15追記)。