燐光群『現代能楽集 イプセン』

 四つのイプセンの戯曲を翻案した舞台。これまでの燐光群の舞台とは、せりふ回しにしろ振り付けにしろ、ちょっと違っていた。そして、ノラの話以外はろくに知らないイプセンなのだが、イプセンっていまでもリアルじゃないかと思った。

 この舞台を見ていると、男たちははどこまでもALL or Nothingで割り切った世界を生きられると思っていて、そのことに一喜一憂している。自分の地位が守られるとか、自分の夢が実現されるとか。でも、そのために誰が犠牲になっているかなんて考えてみようともしない。だから、たとえば、三つ目の「野鴨中毒」ではその犠牲者であるヘドヴィグの死体の埋葬場所(行き場)が見つからない。

 ALL or Nothingの狭間を生きるのは女たちであり、それが酬われるどころか、新たな苦痛の源泉にしかならないことを肌身で知ってしまった女たちは、(亡霊となった)ノラにせよ(自殺しない)ヘッダ・ガブラーにせよ、生から疎外されたいわば「亡霊」として行き場のない「空虚な」生をおくらざるをえない。だからこそ、ノラは家を出たはずだったわけなのだが---。