『H・ミンツバーグ経営論』

 マネジメントの本をときどき読むのは、気分転換や発想の転換になってボクは結構好きだ。それに、大学の仕事って意外とマネジメントにかかわる部分が多いんだよね(この本ではマネジャーの例として指揮者を取り上げている部分がある)。たとえ教育研究業務に携わる人でも少しぐらいマネジメントの本は読んでおいた方がいいんじゃないかということは、一般論としても自分の体験に基づいても、言えるんじゃないかと思う。
 第1部の「マネジャーの仕事」でなされている議論はこんな感じ。フィールドワークから「マネジャーは口頭のメディア、すなわち電話と会議を重視している」(14頁)という知見を引き出し、「マネジャーの仕事の枢要な部分は情報処理であ」り(27頁)、それをベースに意思決定で重要な役割を果たすことにある、と。そこから、詳細な話が展開されていく。当たり前に思える一方、現実にはそうなってないことも多いと感じたりするのだが、経営理論ではどうなのかはよく知らない。
 面白いのは、事業部制のような分権化の推進が結果的に中央集権を強め、エンパワーメントが権限を与える側の権限を強化して、それがかえって事業価値を損なっているという話(第5章)。文科省と大学の関係なんかこれにあてはまりそう。
 また、組織の戦略についても、それがトップダウンで決まるようなものではなく、それこそ雑草のように「草の根」的に生まれてくるものなのだという。戦略は、「人々がその状況に直面することで学習し、かつこの学習能力を支援する経営資源が存在しているならば、どこでも生まれてくる」(204頁)。そうするとプランナーの役割も変わる。「いわゆる戦略プランニングは、その実体どおりに理解すべきである。これは戦略を創造する行為ではなく、既存の戦略をプログラム化し、実施させる手段なのだ」(215頁)。
 こうしたことをベースに組織を考えると、組織は従来よりもずっと水平的なものとしてイメージされるようになるだろう。ミンツバーグは、組織のコンフィギュレーションを1単純構造、2機械的官僚制、3プロフェッショナル的官僚制、4事業部制、5アドホクラシーの五つに分類し、複雑なイノベーションが要請される現代的な産業に向いた組織として五番目のアドホクラシーをあげる。それは、複数の領域のプロフェッショナルのあいだをマネジャー等で調整しながら仕事を進め、特定の意思決定に必要なプロフェッショナルにその都度権限が回って行くような組織だ。
 また、ミンツバーグは組織を分析する手法として、ヒト、モノ、情報の相互関係のあらましを見ていくオーガニグラフというものを提示している。これ、ネットワーク理論に似てますな。オーガニグラフを見ていくと組織図とはまたちがったところに、ウェブ(部署等々の間の関係)やハブ(中枢)が見いだされ、こうした組織形態に応じて必要とされるマネジメントの場所や役割も変わってくる。たとえば、「国境なき医師団」では患者がハブとして機能しており、マネジャーに相当するのは看護士なのだという。病院で患者について一番情報を知っているのは看護士で、医者よりもそうした看護士がいないととか、かえって医者がいると云々とかいう話は、ときどき耳にするので、これはよくわかる例だと思った。
 というわけで、組織上の地位と実質的にマネジメントをする人が必ずしも一致しないまま組織が動いている、というある意味では分かり切った実態がこれで見えてくるわけだけど、思うに、とりわけ昨今のような厳しい状況では、これって組織の実態と組織上の関係をどこかで調整するようなことをしないと、事実上のマネジャーやハブになっている人がつぶれてしまったり、あるいはつぶれてしまうと組織上取り返しがつかないことが起こりかねないのに、そのまま組織を動かしてるところがあるかもしれないって話になりそうな(もちろん、誰かがつぶれるとネットワークが変容するから問題の所在が顕在化しないことも多いだろうけど、代わりに誰かにつけが回る)。逆に言えば、うつ病の発生メカニズムなんかも、もちろんパーソナリティの問題もあるはずだが、どんな形状のネットワークのどこにその人が位置しているかで発生確率が有意に算出できてしまったりする可能性もありそうだ。そんなことを考えながら読了した。

H. ミンツバーグ経営論

H. ミンツバーグ経営論