カタカナ書きのワールド・トレード・センター

  燐光群*1の新作が『ワールド・トレード・センター』だと聞いたとき、なんでまたワールド・トレード・センターなんだと思った。しかも、この作品の登場人物の大半は日本人、話される言葉もかなりは日本語で、あとは少々の英語。もちろん炎上するワートレなんて出てこない。場面はニューヨークの一角のビルのオフィスだけのいわば密室で展開する。 これでどういうわけでワールド・トレード・センター?だが、見ていてそれがよくわかった。いやスゴイと思った。
 思い出してみれば、911のテロがあって、それが「世界同時性」とか言われたりもしたわけだが、その後いくつかでてきた映画作品のなかには、まさにそうした「世界同時性」の虚妄をつくような作品もあった。日々「テロ」と隣り合わせに生きる人もいれば、そもそもそんな高層ビルを想像することすらできないような地域に生きている人たちだっている。誰もがのほほんとテレビを見られる状況にあったわけではないのだ。
 それと同様に、われわれはあのテロがアメリカに向けられたものだとばかり考えがちである。だが、ニューヨークに住む人びとは多様だ。アメリカ人自体が多様な人種で構成されているし、仕事などでいろんな国、いろんな地域から来てニューヨークに住んでいる人もいる。とするならば、あのテロを目撃し、経験することは決して「アメリカ合州国」に特有な経験ではない。むしろ、あのテロを「戦争だ」とか、「アメリカへの攻撃だ」とか受けとめることは、きわめて象徴的な操作だといっていいし、それは、われわれやブッシュみたいに、遠くから眺めていた人間にこそ容易にできたことなのだと言えるかもしれない。
 だが、他方で、確実にそこで起こっていたことがある。マンハッタンのそこかしこで起こったことがある。そのなかには、大半が日本人同士、大半が日本語で語られるような経験もまたある(もちろん、他の言語、他の人たちで語られるものも)。つまりはカタカナ書きのワールド・トレード・センターだ。それは、たとえばブッシュがテレビ越しに語った言葉よりもよりリアルにあの事件を浮かび上がらせるだろう。
 話はECSという邦人向け雑誌を編集するビルの一室で時系列的に展開するのだが、そこに相変わらずの圧倒的な量のセリフが詰め込まれ、それがどさっと投げ出されてくる。様々な人が出入りしては語り始める事柄は、ビルの一室で流れる時間を錯綜したものにする。 たとえば、マンハッタンでもアップタウン、ミッドタウン、ダウンタウンと地域ごとに事件の受けとめられ方が違うことが語られ、それが(他方で、パールハーバーも出てくるわけだが)さらに沖縄戦時の沖縄に重ねられるといった具合に。あるいは、上演間近の舞台をどうしようとか、事件後の子どものケアのためにどんな記事を書けばいいかとか。さらに、事件の直接的な経験が、時々フラッシュバック・メモリーのように割り込んでくるのだが、それは容易には語りえないトラウマ的なものとして常にモノローグで語られる(ダンボール箱がそうした孤立した空間を作る道具になっている)。 といって、筋立てが追えないわけではなく、セリフのつなぎ方に独特のテンポがあってそれを心地よく聞いていけるところがあり(体力もいるが)、語りのなかで部屋に集った人たちがそれぞれの経験を分かち合っていくように、それがわれわれにも分かち合われてくる。
 登場人物のなかにはアメリカ人の役者がいて、彼はアンダースタディだという設定になっている。アンダースタディとはブロードウェイで出演者に穴があいたときに代役を務める役目だ。その彼が、たとえばあのときの消防士として語り始めるなど(消防士もまたアンダースタディだ)、事件の直接的な経験をアンダースタディとして代行するわけだが、見ていくうちにアンダースタディは彼だけではないと感じられてくる。
 この一室には、行き場がないからとか、行き先の分からない友人と落ち合うためにと、やってくる多様な人たちがいて、また、そこで彼ら彼女らの経験が分かち合われていく。また、このECSの発行する雑誌が、その鮮明な立場から共感を得ていることが語られ、次号では911の出来事を特集に決まる、といった具合に、この一室と同様、経験の分かち合いの場として機能していることが分かってくる。つまり、人びとが生きていくうえで否応なく生まれてくる欠落、それを埋める場所として、この一室、この雑誌がアンダースタディになっているわけだ。 だが、この雑誌はその後廃刊になる。
 脚本演出の坂手洋二は、これはあくまでフィクションだと断ってはいるが、この雑誌のモデルに相当する雑誌が存在したとのこと。それを拾い上げて舞台にするとは、いわば失われた911からのメッセージを送り直すようなものとなろう。ボクはそんな気持ちでこの舞台を受けとめていた。ちなみに、最後にかかっていた曲は、BILLY PRESTONのMy Country 'Tis of Thee*2


私たちはこうして二十世紀を越えた

私たちはこうして二十世紀を越えた

*1:http://www.alles.or.jp/~rinkogun/

*2:

I Wrote a Simple Song

I Wrote a Simple Song