メフィストと呼ばれた男

 体制を越えて、いやその都度の体制と寝ることで生き残った俳優クルト。とにかくみごとにいくつもの芝居が組み込まれている。そもそも、冒頭に「ハムレット」を置く時点で、ある意味、クルトに突きつけられた問いは明瞭だが彼は最後までそれに答えることはない、いやできない。そして、こうしたクルトの置かれた立場を描くのに複数の舞台作品がうまく組み合わされている。たとえば、チェーホフシェークスピアと「ファウスト」の三つの舞台があわせて進行するとき、この場面はクルトという人物を描写しているだけでなく、今の日本の状況を取りだしてみせているように感じられて仕方がない。後半は「リチャード3世」を演じるところから、クルトにさらなる選択が求められる。禁じられたメフィストを演じるかいなか。ちなみに、クルトの母はプロンプターとして最後まで、クルトにつきまとう。母親が死ぬとき、もう彼に台詞を教えてくれる人はいない。