情と理

 まあ、政治家や官僚の言うことを真に受けてはいけないというのは当たり前のことだし、これを「オーラル・ヒストリー」と呼ぶといろんなところから異論が出てきそうな気もするのだが、やはり後藤田の回顧録は面白い。読んでると理屈が立ってるところと立ってないところがあるんだな。生前、かなり交流があったという筑紫哲也があとがきを書いているのだが、そこに出てくる「最後の護民官」という表現はよくも悪くもあたっているように思う。
 読んだ感想を思いつくままに書きつけると、内務官僚だって(というか彼らにとってはなおさらだろうが)戦争には行きたくないんじゃんか。しかし、内務官僚やってて徴兵されてしばらくたつまで、日本が勝てないということに気づかなかったっていうのはほんまかないな、そのうえ敗戦やそれを契機とした体制の変更については具体的なことを述べてない。ただ「日本人は駄目だな」という言葉がしきりに繰り返される。これは、その後、自分が生きてきた官僚の世界、政治家の世界を含めて振り返るとどういうことになるのだろう。ナショナリズムが弱くなったという話でも、外圧で一発で変わるよなんて平然と言ってたりするから今でもそうなんだろうな。
 一方で、戦後の憲法の枠組みで官僚や政治家としての自分の仕事を位置づける一方、平然とそれを無視した言動も見えてくる。たとえば警察の民主化について語る一方で、戦後の左翼「革命」運動にはきわめて敏感だけど死者は出すなと言っている。実力不足を指摘する諜報活動も専守防衛でいいと言いながら、核密約についてあばいた西山記者の件については簡単に流してしまうんだな。もし、生前に米国の公文書が明らかになっていたらどう述べたんだろう。
 靖国については自民党内でも憲法第20条第三項にひっかかるという見解はあったんだね。それが、少数派になって後藤田も参拝する。一方で、参拝の公私の区別はないというか、私的な参拝などないというまっとうな立場、で、官房長官のときに関係国に問い合わせてA級戦犯の合祀がサンフランシスコ平和条約との関連でまずいと指摘されたと。本人の言行の辻褄があっているのかどうかよくあわからないがこの件の論点は出尽くしているだろう。
 中曽根人事による国鉄改革を評価するが、そこで生じた日本最大の不当労働行為は言及もされない。バブルは中曽根政権以降の問題だと。ただ、本人は気づいていたんだね。まあ、遡って本人の最初の選挙やこの辺や消費税導入とかいった話になると完全に政治の世界の話になっている。きっと、どこかでその系列下にあった二階堂も見限っているのだろうな。能力の他に運というけど、そうした流れを作るのは後藤田氏自身でもあるよね。優等生はそういう生き残り術にかけてはそれはうまいですよ。
 他方で、内閣の強化権限については、現行の憲法に従って、総合調政権の強化の必要を指摘する(いずれにせよ、別に天ぷら食っててもかまわないわけだが、必要な情報が入りどう対応するか首相が調整できないと駄目ってことよね)。昔は、防衛費はGNP1%以内を目安とするという話があり、これをぶち壊したのが中曽根内閣であり、後藤田である。後藤田は当時はそれが抑制の目安になったというのだが、以降、日本に必要な防衛力およびそれに伴う予算はどの程度のものなのかを評価する目安はなくなってしまった。直後はGNP1%程度と言っていたのだが、いまではすっかり忘れられてしまった。しかし、自衛隊についてはもっぱら専守防衛自衛艦ペルシャ湾岸派遣には反対。戦争をする覚悟があるのかと。PKOも限定つけて導入の道筋つけてるんだな。この件も基本的な論点は出ていると思う。集団的自衛権の容認も結局ここに話が行き着くはずなんだけど。
 そして、この辺りを見ていくと「護民官」という言葉の両義性がとてもよく出ているような気がする。後藤田の言動は、防波堤になる一方、結果的に抜け道の余地も残していったのではないかと。やはり、属人的な問題解決とは別には、立憲政治の基本として法規範を遵守するというところが浸透していかないと---。ちなみに、小選挙区制について後藤田は将来的にはうまくいくと思っている。たしかに、派閥の力は弱くなったよ。また護憲派的なことを言いながら、憲法第9条改正は時期尚早とも述べている。まあ、これは最初の「日本人は駄目だ」って話にもどるのかな。
 読んでいると少なくとも二人は後藤田がいるような感じになってくる。でも、たしかに政局を怜悧に見つめている後藤田というのがどこかにがいるんだな。とにかく、この人の洞察眼には舌をまくのだが、どうにもこの人の懐に入っていけるような感じがしないし、そんな生き方してないのかもしれない。宮澤喜一をアタマがよすぎると評していたがご本人はどうなのでしょう。あと、地元柄仙石氏の名前がわりと出てきます。
 

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫)

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫)

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 下 (講談社+α文庫)

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 下 (講談社+α文庫)