個体と主語

 原稿をいじりながら、P・F・ストローソンのこの本まで読み返したものかどうか迷っていたのだが(というのも、この本、面白いのだが読むのに手間が掛かる)、とあることをきっかけに少しでもいいから読み返してみることにした。読み返し始めてみて思うに、読みにくいのは、内容以前に、訳文の問題も大きそうだ。どんな訳語をあてているのかも気になる。翻訳は入手が難しいようだが、原書はまだ手に入る模様。
 特殊者の同定をめぐる問題について、「そこにおいてすべての特殊者が他のすべての特殊者に対して相互に一意的に関係しあう空間時間的諸関係の体系」を承認することがもっともらしく、また必要である。というのも、「われわれは指定的同定によって共通の準拠点と空間的方向の共通軸を定めることができる。そしてこれらを使って、時空中での他の特殊者をすべてわれわれの準拠点へ一意的に関係するものとして記述することが理論的に可能となるのである」(26頁)。
 そして、この「同定が統一的な時空的枠組のなかでのありかの突き止めに究極的にはもとづくという前提から」(46頁)、それ自体は独立に同定可能で、なおかつ他の特殊者の同定にも寄与しうる、基礎的な特殊者に相当する範疇は何かということで、それが広い意味での「物体」であるとされる。

枠組を構成できる唯一の対象は、自身の基本的特徴をそれに与えることのできるものである。言いかえると、それらは時間なかである持続性をもつ三次元的対象である。---。われわれが認識する対象のカテゴリーのうち物体、あるいは物体を所有するーこの表現の広い意味でーものだけがこれらの要件を満足する。物体が枠組を構成するのである。したがって、われわれが所有する概念機構のある一般的特色と、利用しうるおもなカテゴリーの性格とを仮定すると、物体であるか物体を所有するものが基礎特殊者でなければならない(47頁)。

  同じことが再同定の場合についても言える。

指示的同定の見地から見て物体が基礎的ならば、それは再同定の見地から見ても基礎的でなければならないということが示唆される。----。物体そのものの、時間を通じての同一性を考慮すると、一つの基本的要件は、われわれがすでに注意したもの、すなわち空間における存在の連続性にあることがわかるであろう。そして、この要件が満たされるかどうかを決定することは場所の同定に依存するが、逆に場所の同定は物体の同定に依存するのである(67頁)。

  あらためてこれを読んでみると、ストローソンがユニークなカント解釈を引き出してくる発想法が垣間見えるように思える。

意味の限界―『純粋理性批判』論考

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個体と主語

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Individuals (University Paperbacks; Up)

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