読みましたよ。阿部和重は気になる作家ではあるのだが、近年は文学とは縁遠い生活をおくっているので、これまで読む機会もなく、どうせ読むならつながっているらしいこのあたりや*1、同じく神町を扱ったこっちを先にとか思いつつ*2、そんなことを言っているとどうも読むことはなさそうなので、せっかくの機会とこの600頁余の本を読んでみた。再読している余裕はないので一読して気づいたことを簡単に。
読みだして、まず思い浮かんでくるのは、源ちゃんも指摘していたけれど*3、四姉妹とくれば『細雪』や『若草物語』だなー、でも、詳細は省くが、この一家の菖蒲家の系譜や生業をみていると皇室、それにサトウさんだらけのコミューンや修行話が加わればオウムを連想させるよな−、と。みずき父さんは「グラン・トリノ」とか。
長女は「そらみ」、次女は「あおば」、三女「あいこ」、四女が「みずき」で、他に父と血のつながらない長男「カイト」がいる(けど、糸が切れたように途中でいなくなってしまう)。さらに、父と祖父の名前も同じく「みずき」で同じく9月23日秋分の日の生まれで、この「みずき」たちが菖蒲家に代々伝わるという魔法を受け継いでいくのだが、父系でつながってきた家系がこの四女で絶えることを父は半ば望んでいるらしい。ちなみに、あいこちゃんはある意味「三女」であり、興味深いことに、オウムで跡継ぎと目されていたのもやはり三女なのである。しかし、この小説のなかでは三女はいちばん存在感がない。
また、いま家を実質的にとりしきっているらしい長女そらみは5月3日生まれであり、次女あおばは作家で「三月(みづき)」という筆名で小説を書いている(といった具合で、名前と並んで日付も要注意)。また、姉妹それぞれの母は違っているのだが、上の姉妹の母の名はいずれもトシコであり、下の姉妹の母の名はいずれもショウコである(こんな感じで対になっているパーツがけっこうある)。
また、話のすじにも、構造的によく似た関係やエピソードがパラレルに組み込まれており、たとえば、みずきと同音のみづき(あおば)は、みずきに代わってこの家の顛末を語る代弁者(分身)とも言えそうなわけだが、それを聞き書きするのは本屋の親父石川満である。あるいは、二組の母親それぞれや石川の娘麻弥と友だちの亜美との関係。また、菖蒲家での父と三女の関係と石川家での父と娘の関係もよく似ている等々、このあたりもいろいろ腑分けが出来そう。
そして、語られる話は、本屋の石川満が三月(あおば)にインタビューして録音したものを書き起こしたものということになっているのだが、この小説の主調なしている「女ことば」の語りのなかではわずかしか向けられない石川への言及のされ方が一様ではなく、単純に石川の聞き書きと考えてよいのか分からないところがある。また、石川の聞き書きが始まる前に冒頭で同じ調子の「女ことば」で思い出話が語られ、石川の手記が終わって補遺としてとってつけたように入る後日談も石川の文体と区別がつかないので(これも石川が書いたのだとしたらどうなる?)、冒頭や補遺は誰が書いたものなのかはっきりせず、もしかしてこの全編自体が、話のなかにでてくる三月の小説『モモ園のひみつ』にあたるのではないかと思えたりもする。
あるいは、各部のタイトルは何を考えてつけられているのだろう?たとえば、第一部は「魔法使いは真実のスター」。しかし、出てくるのはみずきではなく三月(みづき)ことあおばであり、主たるストーリーは、石川満があおばから聞き書きを始めるまでの事の次第である。だが、第一部のタイトルとその後の話の展開を視野に入れると、この成り行きを影で糸ひいていたのはみずきだったという憶測が可能になり、(だが、影で話を動かすのは著者であるから)あおばが作家として三月(みづき)と名乗る理由もよく分かるし、補遺に出てくる石川満の精神治療という話にもつながってくる。しかも、治療が必要になったという石川の経験や娘との気まずい関係を鑑みると、彼も菖蒲家の魔法の犠牲者だったことになる。そして、なぜここまで謝罪するんだろうというほど、みづき(あおば)が石川に娘のことについて謝るのも、実はそれが石川自身に向けられていたからだと考えるとすんなりくる。してみると、第一部で始まったのは何だったのか?
そんなわけで、話中で先祖にまつわる話がどれほど真実なのやらと疑いを向けられるように(つまりは、偽史)、このお話もどこまでほんとなのやら(って小説だから当たり前なのですが、実際に起こったことを想起させる描写も多い)って感じで宙吊りにされて、実際、史実の証とすがった赤瑪瑙が砕け散ってしまうように、このお話もネット上に流れてネットによくある物語の一つになってしまう。しかも、文体が「女ことば」の語りになっているのだが(二重の意味で男が書いていることにもなるわけで)、それが「女ことば」というよりは(源ちゃんいうところのマツコ・デラックス)、一種のお話調に感じられて、結構ヘヴィーな話も出てくるのだが、それが話の真剣味を中和しているようなところがある(ティム・バートン風?)*4。話として一気に面白く読めてしまうかどうかは、この文体にどこまでなじめるかにかかってきそう。
- 作者: 阿部和重
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いろいろ引かれているけれど、たとえば、
最初に言及されている楽曲はこれの7曲目
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それから、これは実在しているサイトのようですね。
2010年の『群像』5月号で蓮實と対談してるらしい。ちょっと読んでみたい。
*1:
*2:
*3:
*4:ただ、文体はこれに似ている気もする。http://aumerparvati.yui.at/sachiko/sachiko3.html