アタリ『金融危機後の世界』

 私のお約束としてレバレッジを効かせるために経済がらみの本を読む。おさらい的な内容ではあったけど、よく指摘されている中産階級の没落がきわめて人為的な過程のなかで作り出されてきたことがはっきり書かれている。それから、インサイダー取引とかいうけど、われわれから見れば金融業界で働く人はみんな基本的に〈インサイダー〉なわけですな。

 経済の自由化により、世界中で金融部門の収益の割合が高まった。金融部門で働く〈インサイダー〉は、低金利で調達した資金を用いて投資する一方で、投資先には高利回りを要求したが、それは低い経済成長率のもとでは継続的に保証するには無理のあるものだった。「その結果として、サラリーマンの賃金は相対的に低下した」。「給与が十分に支払われないために、アメリカやヨーロッパの中産階級は、以前ほど消費ができなくなった」(83頁)。

「こうした富の分配の偏りを見直すことなく、アメリカの経済成長を維持していこうとするならば、アメリカ国民全体の所得を引き上げずに需要を維持していかなければならない。したがって、中産階級には借金漬けになあってもらう必要があったのだ」(84頁)。「企業もまた、家計同様に、さらにリスクの高い手段で債務を増やした」(87頁)。

 「家計と企業における債務の膨張を維持するためには”低金利”を維持する必要があった」(88頁)。こうしたFRBの低金利政策によりさらに借金が容易になり、さらに消費を増やすことになった。また、企業価値も上昇した。ここで重要な役割を果たしたのが〈インサイダー〉である。「彼らは、情報という一時的な超過利潤をもち、そこから利益を得て儲ける手段を心得ている」(219頁)。

 情報を利用できる者は、情報を得てこれを最もうまく利用する為に、新たな金融手法を開発した。彼らは、それからも絶えずこうした金融手法を開発しつづけていく。
 情報アクセスの不平等により、まずは供給過剰となるが、非〈インサイダー〉の私財を担保とした債務によって需要を増やし、需給ギャップが補填された。これにより、消費が拡大し、経済成長が促され、資産価値の上昇が維持された。
 資産価値の上昇により、実際の富の創造によってまかなうことができる範囲を超えた、さらなる債務が可能となった。
 金融資本主義から最も恩恵を受けたのは、〈インサイダー〉である。彼らは金融手法を駆使して、最貧者である借り手と、金持ちである資金の出し手を、同時に惹きつけることができた。
 最貧者は、いずれ高金利を支払わなければならないことなど思いもよらなかった。金持ちは、リスクの高い金融商品を購入させられたとは思いもよらなかった。一方、〈インサイダー〉といえば、年末のボーナスのことだけでアタマがいっぱいなのであった。
 洞察力のある者は、こうしたブームが、資金の出し手、あるいは借り手が犠牲となって、おそらくは両者が犠牲となって、いずれ終焉するであろうことを見抜いていた・そこで〈インサイダー〉は、資金移動や借り入れのメカニズムを複雑きわまりないものにして、自分たちの利益が最大限に保護されるように、あらゆる手段を講じた。
 その一方で、こうしたブームが長続きしないことを悟った〈インサイダー〉は、国民の労働所得を減少させ、その分、自らの取り分をさらに増やした。リスクが増大するにつれ、そして危機が迫るにつれ、彼らはその取り分を増加させた(224-6頁)。

 そして、---。アタリによれば、こうしてもたらされた市場民主主義では、「個人の自由の擁護は、優先される価値観を不誠実から貪欲に変えてしまい、雇用の安定や法の秩序を破壊し」(220頁)、「さらに、社会構成員のすべてを不安定な存在にすることでしか、金融システムは存続できないことをすべての人が感じ取るようになり、緊迫感や苛立ちが生じるようになる」(221頁)。
 必要なのは、「地球規模となった市場に対して、法整備を施すこと。すなわち、できるかぎり民主的な統治制度を、地球規模で構築することである。民主的な統治制度といっても、ごく少数派の〈インサイダー〉がリスクや情報の独占から利益を抜きとって不当にわが物とすることを許さない、市場をきちんと規制する能力が必要とされることは言うまでもない」(227-8頁)として、具体的な提言がなされるわけだが---。

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