組織の退行

 やっとカーンバーグを読了。前者は論文集であり先行研究が半ば自明のものとして言及されるので、対象関係論に疎いボクなんかは、そのあたりを敷衍した書き下ろしたものとも読める後者と併読した方が、わかりやすい。意外というか、興味深く思えたのは、カーンバーグが、ビオンの集団精神療法の議論を発展させながら、集団についても論じていたことだ。

 ビオンによれば、課題を担った作業集団の課題構造が崩れると、集団は、依存集団と闘争-逃走集団とペアリング集団のいずれかに退行していくとされる。カーンバーグによれば、こうしたビオンの小集団にかんする仮説は、フロイトの群衆について述べた所見と重なる点が多い。すなわち、

フロイトは、部族集団もしくは群衆集団の、感情に駆られた原始的で無分別な行動を記述して、集団の中で個人と個人がたがいに分け隔てなく緊密感や親密感を覚えるのは、個々人が自分の自我理想を指導者の上に投射するところから、個人と指導者の間、個人と個人の間に、同じような同一化が生まれるからだと説明した。自我理想が理想化された指導者のうえに投射されると、超自我が深く関わっている自己批判や責任感といっった高度な機能は固より、個人の道義的抑制まで排除されてしまうのである。集団のメンバー同士のこのような相互同一化は、ある主の一体感や帰属感をもたらしてくれるので、彼らは自分の同一性感覚までは失わないで済むが、そのかわり、自我機能の著しい低下に見舞われることになる。その結果、普段は無意識のうちに沈んでいる原始的欲求が優勢になって、集団は、指導者からの刺激と指示のもと、欲動や感情に駆られ、興奮や怒りに突き動かされて、行動するようになる(278頁)。

 つまり、原始的な自我機構に特徴的な理想化や投影性同一視といった防衛機制がはたらいて、リーダーの人格が、個人の超自我の機能の依存先になってしまうので、退行した個人は一体感を覚えことができる一方で、退行的で無責任な行動にでやすくなる。ただし、カーンバーグによれば、小集団の場合は、それに加えてリーダーがその機能を担えなくなると、依存先として別の指導者を求めるようになったり、攻撃心がはっきり姿を現してくるなど付加的な現象がある。さらに、大集団になると投射が多岐にわたる不安定なものとなるため、同一性拡散が一般的な特徴となり、攻撃心も激しくなる。

何と言っても一番目につくのは攻撃心の激しさである。徐々に明らかになるのは、集団のこうした雰囲気に耐えて、個としての姿勢を崩すまいとする人が、もっとも攻撃を受けやすいということである。大集団では、正常心を保ち、個としての姿勢を崩さない人に対しては、全般的な妬みでもあるかのようである」(284頁)*1

 また、そうした事態に責任を持とうという人間も現れにくいわけだから、

下位集団で個人と個人の反目が生まれると、他のメンバーは〈無邪気な傍観者〉になってしまうのである。無邪気な傍観者が互いに対立する〈両極端〉に影響を及ぼすその微妙な仕方は、うまく行っていない団体で見られる同じような組織上の問題を、手に取るように示してくれる(295頁)。

 というわけで、

大集団では、共通のイデオロギーによって暴力を防ぐと同時に、それによって自我同一性を守ろうとする努力の一環として、集団に超自我機能を丸ごと投射してしまう傾向が著しい。あらゆる集団が超自我機能をこぞって指導者の上に投射したり外在化したりしようとするのは、原始的な超自我先駆態のサディズム的側面の反映であるが、それはまた同時に、より成熟した超自我機能の現実的で防衛的な側面の反映でもある。超自我の原始的な側面と進んだ側面の分かち難い統一が、かえって超自我に痛ましい外在化を強いるのである。言い換えるなら、原始的な超自我特性の投射に影響を受けた集団や団体のモラルは、成熟した個人の意識的なモラルよりも、無意識的な超自我の原始的なモラルに一層近いのである(288頁)。

 また、集団が退行すると、指導者も退行していくことを余儀なくされる。

言い換えると、スタッフが、全能で頼りがいのある人物に原始的タイプのリーダーシップを期待したり、力や危険を秘めた支配能力を備えた権威者に原始的タイプのリーダーシップを期待したりするようになると、課題集団の指導者は退行へと誘われたり退行を余儀なくされたりすることになる(310頁)。

 ところで、こうした退行した集団では、自己愛的(さらには反社会的な)パーソナリティそなえた人物が統率力を発揮することが多いのだという。

自己愛パーソナリティは、自分の価値を深く確信しているわけではないので、かえって集団の流れにうまく乗りやすいのだと言ってよい。他人との関係をうまくさばいてこれを利用する操作的かつ搾取的な性格や、集団の注目を浴びたいという欲求や、集団が集団自体の安全を回復させてくれるような一群の保証理念を共有したいと願っていることへの、目先のきく洞察力のおかげで、この人たちには、ある程度のコミュニケーション能力に恵まれてさえいれば、個人的思考への集団の妬みを買ったりせずに、そこそこのイデオロギーを提供したり、ある種の確かさの感覚を伝えることができるのであり、ひいてはそうした力のすべてを通じて、集団の名火消し人となることも、不可能ではない。
そう考えると自己愛パーソナリティというのは、集団の大小を問わず、機能的リーダーシップが長期的に求められている状況とはきわめて異質の、未組織的な集団過程の内部では、役割機能という点でとりわけすぐれた力を備えているように思われてくる(294頁)。

 しかし、組織に深刻な影響を与えるのも、また自己愛的なパーソナリティの持ち主である。短期的にはよくても長期的には組織にダメージを与えることになるのである。

病的自己愛をかかえた人たちがリーダーシップを執る立場につきたいと強く願うのは、当該施設の遂行する機能によって象徴される理想や課題に身をもって関わりたいからではなく、むしろそうした立場が示す権力や威信が欲しいからである。その結果彼らは、リーダーシップの果たすべき機能的用件を無視したり、ひいては、管理的並びに専門的責任を評価するときの重要な境界の一つとなる価値システムまで無視したりすることになりやすい。自己愛パーソナリティをかかえたリーダーは、自分が自分の周りをはじめ組織全体にまで生み出している病的人間関係に気づかない。---、自己愛的リーダーはスタッフに服従を求めるばかりか、スタッフから愛されたいとめで願うのである。彼は、依存してリーダーを理想化したいというスタッフの正常な傾向を助長するだけでなく、人為的にこれを拡大さえしてしまう。つまり、スタッフは、自分たちのリーダーに対する愛と賛美をを無条件的に繰り返し表現し表明してやることが、リーダーにとってどんなに大事なことかに気付くようになるので、媚びへつらいがリーダーとのコミュニケーション過程の恒常的な特徴になってしまうのである(344頁)。

 当然、これは反対勢力を産み落としたり、組織内に分離した部分が出てくることになる。このとき当てにせざるをえなくなるのは、指導者に依存してくる集団だ。というわけで、

自己愛的リーダーは自分に媚びへつらっていると思われる人たちのことを見くびりながらも、彼らなしではやっていけない。また自分を批判する者たちの高潔への経緯がしだいに妄想症的恐怖心へと自壊していく(346頁)。

 しかも、こうした指導者の下ではとりわけ意志決定が歪んでくる。

 病的自己愛の影響を受けやすい主要な問題の一つに、何か葛藤が生じた場合には、いったいどこで妥協したらよいのか、また自分の信念にはどこまで固着したらよいのかという、いわば永遠の問題がある。一方の極では、自分を通さなくては気が済まず、いかなる妥協も認めることができないといって、頑固で独善的な人が重症自己愛を反映しており、また他方の極では、どんな日和見主義的理由からでも、自分の信念はおろかスタッフまでもさっさと売りとばしてしまうといった人が、同じように重症の病的自己愛を反映している(351頁)。

 言ってみれば、組織内部で、成員は指導者の決定に振り回されることになるわけで、これは成員のモーチヴェイションにもかかわってくる。たとえば、退行した集団では、

要するに、仕事に専念するこの人たちのひたむきな気持ちが、この人たちをすっかり消耗させてしまったのである。これに対して、著しい自己愛特性をもった学生や実習医は、まるで水を得た魚のように、この厳しい経験をうまく活かすことができた(303頁)。

 ワンマンな指導者と何も決められない指導者、どちらもありがちなパターンだよなとか思いつつ、フロムはどんな説明をしてたっけとか思いつつ、これってパーソナリティの問題もあるだろうけど、組織の問題がかぎりなく対人関係の問題に移行していくとき、つまり、組織が遂行すべき課題以上に、他人にどう思われているかが重要案件になるとどんなことが起こるのかについての極端なケースと考えればいいよなと読みながら考えていた(言わばケインズ美人投票ですな)。
 たとえば、成員の帰属意識の高い組織に、成果主義の導入とかいいながら、その成果が客観的に評価できるようなものではなく、上司の不透明な判断に委ねられるようなことになれば、こうした傾向は助長されるだろうなとか、やはり成員の帰属意識だけは高いのに決定権限が曖昧なところではこうした傾向が助長されそうだとか、いくつかモデル・ケースを想定できそうな気がする。

内的世界と外的現実―対象関係論の応用

内的世界と外的現実―対象関係論の応用

*1:これ、内部告発の話とか想起するとわかりやすい。http://d.hatena.ne.jp/Talpidae/20090718/p1