アマルティア・セン/後藤玲子『福祉と正義』

 
 この本、すっごく面白い本だと思うのに、なぜ合評会の集まりが悪かったのだろう?簡単に本書の論点をいくつかピックアップ。
 
 まず、基本線を確認しておくと、「ジョン・ロールズの政治的リベラリズムアマルティア・センの社会的選択理論に共通する視座は次のようなものである。個人の権利は人々の間で形成される公共的関心を超越するものではないが、その一方で、公共的関心もまた個人の権利を超越するものではない」(66頁)。

 個々人の権利の行使によって社会状態がどう規定されるかが、個々人にとって〈実際〉共通の(高次的)関心事となる、あるいは、ある個人の権利の実現によってだれか他の人々が〈客観的に〉影響を受ける可能性がある、このような場合には、社会状態に関する公共的関心に基づいて個人の実効領域が制約されることには理があるだろう。ただし、何をもって個々人の〈実際の〉関心事となっているとみなすか、何をもってある個人が〈客観的な〉影響を受ける可能性があるとみなすかという問題、また、そもそも公共的関心を根拠として権利の実効領域を制約することがいつ、どこまで許されるかは、それ自体、個々人の理性的判断と公共的熟議に基づく社会構成員間の重複的含意によって判断されなければならない(67頁)。

 こうした社会的判断は帰結主義的な評価を含むが、アマルティア・センによると、

 帰結的推論の制限であると”断言された”もののいくつかは、帰結的評価の規律自体ではなく付加的な過程に過ぎない。---。すなわち(1)事態はすべて完備的な順序をもつべきだと主張すること、(2)事態の行為、動機、過程、そして他の特徴を人為的に抽出された事態概念から除去すること、そして(3)行為や行為の結果、生じる事態に関して行為者の立場性を無視すること。実際には、帰結的評価をこれらの補足的な仮定に結合する必要、このような強制的な来客を理由として帰結的評価をけなす必要はまったくない(127頁)。

 一方で、

 帰結的評価の規律は、われわれに自分の選択に対して責任をとらせるように強制する。というのもわれわれの行為は、自分達と同様に他の人々にの自由や生命にも影響を与えるからである。われわれの責任には、その実現にあたって互いに衝突するおそれのある、様々な権利や自由に関して、その相対的な重要性を問うことも含まれるだろう(124頁)。

 つまり、

 人権の重要性は、それが立法化や制度化に向けて準備された提案であるという点に尽くされるというわけではない。人権には、後に起こる立法化に依拠すること”なく”、影響力と重要性をもつそれ自体の領域があるのだ(121頁)。

 さらに、センは、社会的判断や社会的取り決めを評価する二つの不偏性を区別し、

 〈閉ざされた不偏性〉では、公正な判断をする手続きは焦点集団自体のメンバーだけに求められる(169頁)。
これとは対照的に、〈開かれた不偏性〉の場合、不偏的な判断をする手続きはとりわけ焦点集団の外部の判断に求め得る(し、場合によってはもとめなければらなない)(170頁)。

 その片方である「閉ざされた不偏性」の抱えている問題点を指摘する。このとき爼上にのせられるのがロールズである。

 閉ざされた不偏性の手続きが何らかの普遍主義的な意図と結びつけられた場合には、手続き的偏狭は深刻な問題をもたらすことがある。ロールズの「公正としての正義」はまさにこのケースに該当する(172頁)。

 たとえば、

ある焦点集団によってなされた決定がその焦点集団自体の構成に影響を与えるとしたら、矛盾をもたらす可能性があるという問題は一般には排除できない(173頁)。

 また、後藤玲子は、社会的厚生関数を使ってロールズの格差原理を分析するモデルとして、「典型的な常識的正義の準則として、「貢献に応ずる分配」と「必要に応ずる分配」をピックアップしたうえで、人々が共同して生産物を産出していえる生産経済と総生産物を一定の方法−「貢献に応ずる分配準則」と「必要に応ずる分配準則」を一定のウェイトでバランスづける方法−で人々に配分する仕組みを構成した」(274頁)ところ、このモデルでも「実現する最小所得の水準が、本人たちが享受する「実質的自由」に照らして、低すぎる値にとどめられる可能性を避けられない。社会的に配分可能な総生産量は人々の就労量の変化に依存し、人々の就労量の変化は社会的目標を制約条件とする私的効用最大化行動に依存するかぎぎり、これらの可能性を否定できない」(275頁)ということを明らかにした。つまり、格差原理を適用すると、インセンティヴ問題が発生して、最も不遇な人の厚生(所得)がかえって下がってしまう可能性があると。えっ、そうなんだ。

 そのうえで、ロールズ新古典派的な社会的厚生関数を与件として正義原理を受容するプロセスを批判していたことをあらためて確認し、ロールズの発想とセンの発想を接合しようとする。

 この事実は、格差原理の定式化の方法に大きな転換を迫る。格差原理の動態的変化を規定する社会的諸条件−それは常識的規準間のウェイトの変化を通じて、「もっとも不遇な人々の期待」の水準に変化をもたらす−には、個々人の効用関数(やその操作可能性)そのものではなく、格差原理の「意味」に照らして、一定の倫理的観点から自らの選択行動を吟味し、内的に制約しようとする個々人の「思考や行動」様式こそを含める必要性が出てくるからだろう(280頁)。

福祉と正義

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