チェチェンへ アレクサンドラの旅

 ソクーロフの新作。アレクサンドラを演じているのは、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ旧ソ連の伝説的なオペラ歌手であり、ロストロポーヴィッチの人生の伴侶だ。「チェチェンへ」と題されているけれど、この映画、チェチェンという名辞にこだわる必要はないだろう。だって戦場が出てくることはなく、基本的には、前線基地まで孫を尋ねてきた祖母が基地のなかをとぼとぼ歩き回るだけの話だ。でも、なぜかそれがとてもいい。
 実際にも、彼女が基地のなかを歩き回れば、それは戦争と違った世界をふりまかずにはいないし、そのせいか兵士すべてが彼女の孫であるかのように見えてくるし、基地の傍らにある市場での地元の老婆とのあいだには理屈を必要としない邂逅が生まれ、そんな老婆が無愛想な表情をしていた孫にアレクサンドロを見送らせる。
 このときアレクサンドロが「どこに行きたいか?」と尋ねると、彼は「メッカか、ペテルブルク」と答えるのだ。「甦る大国 プーチンのロシア」で、ロシアにいる父と離ればなれになった母子がグルジアでロシアのクリスマス風景を眺めているのを思い出した。
 それから、孫が彼女の髪を編んでやるところなんかもとてもいいと思った。ボクもいつの頃からか、晩年の祖母にたいして言いようのない愛おしさを覚えるようになり、自宅に帰って祖母がいるのを確認するとなぜかとても安心したものだった。「祖母」という存在、つまり母親とは違った母性がふりまくものってあるような気がする。ただ、ここではそれが何でなぜなのかを詮索するのはやめておくことにしよう。