椿姫
さて、フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーを見て、やはり一度は見ておきたいと思ったパリ・オペラ座。しかし、お値段がスゴい。当然、一番安い席を買って、ルドルフ・ヌレエフじゃなくジョン・ノイマイヤー振り付けの『椿姫』を選んだ。
いや面白かった。まず、ABTのときと違って舞台は至ってシンプルで陰影と色使いで見せる。これがとてもきれい。デュマ・フィスの原作でもその反復を意識して『マノン・レスコー』が引き合いにされるわけだが、この舞台でも『マノン・レスコー』の舞台を見るという劇中劇が重要な鍵になっており、しかも、回想という形式をとり、父と女中がある意味目撃者という立場になっている。
冒頭のシーンの次、その「マノン・レスコー」の舞台を見る場面なのだが、マノンとデ・グリューには多分複数の方向からのスポットライトがあてられ(影がぼんやりとしか映らない)、ちょっともやがかかったようになり、観劇者たちとは違った世界の存在のように映る。その一方で、マルグリットとアルマンにも同じようなスポットライトが当てられやはり二人が他の観劇者とは異なるうつつの世界に入ったような雰囲気が醸し出され、それが「マノン・レスコー」に重ねられその後の運命が暗示される。その後の舞踏会は青、赤、黄という感じで違った色彩で描かれ、赤のシーンではお約束(?)の道化役も出てくる。
二幕目で二人が愛を確認しあうときは、やはり同じようにスポットライトが当てられ、二人の動きがこれまたぼんやりとした影になって背景の青に映るようになっているのが、しだいに二人の姿がくっきりと映し出され、言ってみれば愛が現実のものとなるわけだ。でも、その次のシーンでは父親が登場してマルグリットに別れてくれと頼むシーンになるのだが、ここではまずマルグリットは二人でいたときとは打って変わって力強く踊り、ここでは影がくっきり映る。それが次第にこの父親に支えられるようになり、さらにマノン・レスコーが出てくることになる。で、お決まりの話。
第3幕は、幕があがると同時に停止していた歩行者たちが歩き始める。単に歩いているだけのシーンなのだが、まるで絵が動き出したみたいでこれがとても見事だった。で、アルマンがマルグリットに冷たくあたるシーンになると、またそれまでと打って変わった身体の使い方をするといった具合に、シーンが変わるたびにまったく違った身体の使い方を始めるんだよね。それもどうってことない感じで。いやー、これはスゴい。で、同じようにスポットライトを使いながら、最後は、また「マノン・レスコー」に重ねられていくことになる。
以前、ノイマイヤーで『人魚姫』を見たときも、アンデルセンと人魚姫のストーリーが二重写しになっていて、それが『ハムレット』を思わせたのだが、この『椿姫』でも『ハムレット』を思い起こさせた。原作がもともとそうとはいえ、主人公二人が「マノン・レスコー」の二人に重ねられている。言ってみれば、「マノン・レスコー」は二人の影であり、この影に重ねられるとき二人はそれにあらがおうとしながらも定められた運命に落ちて行く。to be not to beってわけですね。しかも、劇中劇あり。
一方で、この手のストーリーってまあ決まりきったお話で、そしてそれをどうやって見せるかというところが演出する側の腕の見せどころになるわけですが、その原型はやはりシェークスピアの『ロミオとジュリエット』ということになるのだろうな。決して結ばれない愛という設定を19世紀に移せば、いいとこのぼんぼんと娼婦ということになる。なぜ逆のパターンはないのかという疑問がわくかもしれないけれど、ロマンティク・ラヴのもとでは女性には選ぶ自由はあっても、愛を捧げるのは男性の方だったわけですよ。
また、回想形式をとるためにマルグリットの日記が使われる一方、肝心なとこで手紙が出てくるよね。内面の表現手段として、書かれたものが大きな位置を占めているというのも「書簡体小説」とか思い起こさせて興味深い。音楽はショパン、『秋のソナタ』でバーグマンがイヴ・ウルマンに請われて弾くプレリュードが印象的でした。いや、とにかくさすがオペラ座、踊り手から振り付け、舞台演出までみごとなものでございました。ことわっておきますが、わたしはバレエはまったくの素人でございます。
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